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          藤田満 日記 (blog)

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藤田満
日記




平成30年6月

平成30年6月18日
午前7時58分、三男が父の日に送ってくれたバラの鉢に水をあげていたら地震。


平成30年6月17日
石破茂元自由民主党幹事長と支部を代表して應神天皇陵に参拝させて戴きました






平成30年6月12日
一般社団法人大阪府自動車整備振興会の第108回総会が有り副会長職を下りさせて頂きました。
今後2年間相談役として残らせて頂きます




平成30年6月11日
自民党大阪府連整形懇談会が岸田政調会長を迎え帝国ホテル大阪で御座いました

平成30年6月1日
町会評議員会

平成30年5月30日
えびね温泉まで水を買いに行きましたが、途中パンク

平成30年5月29日
大阪府自動車販売事業協同組合総会

平成30年5月26日
櫻井よしこ先生時局講演会
町会役員会議

平成30年5月24日
大阪府自転車軽自動車商業協同組合総代会

平成30年5月23日
羽曳野・藤井寺自動車整備地区会役員会議

平成30年5月22日
一般社団法人大阪府自動車整備振興会理事会

平成30年5月21日
大阪府自動車販売事業協同組合執行部会議

平成30年5月18日
大阪府自転車防犯登録協力会総会

平成30年5月15日
街頭指導
15日〜16日
鳥取県倉吉市へ

平成30年5月13日
藤井寺青年会議所 ちびっこ相撲

平成30年5月1日
町会評議員会

平成30年4月28日
町会役員会議

平成30年4月27日
大阪府自転車軽自動車商業協同組合理事会・春のキャンペーン抽選会

平成30年4月22日
町会公園清掃

平成30年4月20日
羽曳野・藤井寺自動車整備地区会総会

平成30年4月18日
羽曳野・藤井寺自転車軽自動車商業協同組合総会

平成30年4月17日
大阪府自動車販売事業協同組合理事会

平成30年4月13日
ヤマハ YPJ新モデル講習会&試乗会

平成30年4月12日
大阪府自動車販売事業協同組合運営会議

平成30年4月10日
大阪府自動車販売事業協同組合執行部会議

平成30年4月8日
町会のお花見・お花が散ってしまったのと、寒さの為 集会所にて開催

平成30年4月6日
嫁が肺炎の為緊急入院

平成30年4月4日
長尾事務所の井場君送別会 ほてい寿司

平成30年4月3日
春の交通安全街頭指導

平成30年4月1日
北川市長後援会総会

平成30年3月28日
母親の四十九日、納骨

平成30年3月24日
朝から声が出ない、耳鼻咽喉科へ行くと喋りすぎと言われる。
午後7時〜町会役員会議

平成30年3月23日
大阪府自転車軽自動車商業協同組合理事会

平成30年3月22日
一般社団法人大阪府自動車整備振興会理事会

平成30年3月16日
自由民主党羽曳野市支部役員会議

平成30年3月13日
大阪府自転車軽自動車商業協同組合事業委員会

平成30年3月7日
大阪府自動車販売事業協同組合販売管理委員会

平成30年3月5日
長尾敬衆議院議員パーティー

平成30年2月27日
羽曳野・藤井寺二輪車安全普及協会総会

平成30年2月26日
大阪府自動車整備商工組合金融委員会

平成30年2月22日
羽曳野・藤井寺自動車整備地区会勉強会

平成30年2月21日
税務申告

平成30年2月13日
母のお葬式

平成30年2月12日
母のお通夜

平成30年2月11日午前0時7分
母 トキコ 逝去

平成30年2月9日
自由民主党羽曳野市支部役員会議・新年会

平成30年2月7日
一般社団法人大阪府自動車整備振興会整備事業支援委員会

平成30年2月6日
大阪府自動車青年会議所例会

平成30年2月5日
石破茂衆議院議員講演会

平成30年2月3日
松井市議新年会

平成30年1月28日
自由民主党大阪府第14選挙区役員会議・新年会

平成30年1月25日
一般社団法人大阪府自動車整備振興会正副会長会議

平成30年1月23日
大阪府自動車販売事業協同組合理事会・新年会

平成30年1月12日
大阪府自動車関係団体新年年賀交歓会

平成30年1月10日
大阪府自転車軽自動車商業協同組合理事会・新年会



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さかくら久晴さん
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僕が生まれました
羽曳野市五軒家
今の豊川病院の南側

竹之内街道沿いに面しています

竹内街道わらべ歌

雨は降るふる 古市で
傘を借るかる 軽墓で
馬に乗るのる 野々上で
馬が死ぬしぬ 新田で
コロッと落ちたら五軒家の坂で
金は樫山 もって郡戸(こおず)
煙草一ぷく のむ野村
丹南 松原 麦どころ
一石播いて 八斗どり
せんど歩いて またくらの
前足に 大豆塚でけました


先日、田仲市議からこの歌の全文が見つかったとお聞きしました。時間が出来たら教育委員会へお聞きしに行こうと思います。



履中天皇の御歌が古事記に五軒家が埴生坂として紹介されています

波邇布(はにふ)に到りまして、難波の宮を見やりたまへば、其の火なほ炳(あか)くみえたり。かれ天皇また御歌はしけらく

埴生坂(はにふざか) 我が立ち見れば かぎろひの 燃ゆる家群(いへむら) 妻が家のあたり


当麻路物語はこうである、
去来穂別王(いざほわけのきみ)履中天皇が難波宮にいた時、弟の住吉仲皇子(すみよしのなかつみこ)が叛乱を起し、天皇を討ち取ろうと思って、火を御殿に放った。そのため天皇はアチ直(あたい)に連れられて密かに、倭に逃げたのである。
波邇布(はにふ)に到りまして、難波の宮を見やりたまへば、其の火なほ炳(あか)くみえたり。かれ天皇また御歌はしけらく
埴生坂(はにふざか) 我が立ち見れば かぎろひの 燃ゆる家群(いへむら) 妻が家のあたり (古事記)

【通釈】埴生坂の上に立って眺めると、燃えている家々が見える。妻の家のあたりが。

【補記】古事記下巻。難波の宮を住吉仲皇子によって焼かれた天皇が、波邇賦坂に至って、なお燃えさかる宮を望見しての詠。説話を離れて読めば、春、陽炎のたつ妻の郷里を眺めての、のどかな国見歌になる。



言い伝えでは私の母屋の有る樫山には反正天皇(はんぜいてんのう、406年2月3日〜410年2月12日)の離宮が有ったと事、ヒガイノ古墳は反正天皇の子女である高部皇子(たかべのおうじ)の古墳であり、発掘によりますと、後に古市大溝建設に当たり古墳の半分が削り取られており、古市大溝が国家プロジェクトで有った証拠である。
ただこの言い伝えは亡くなった親父から聞いた者で定かでは無い。



自民党石破さんと